津軽藩から作刀の命を受けて以来350年の伝統を受け継ぐ、津軽打刃物(つがるうちはもの)の名門。現在は刃物のほかに、金属加工技術を応用した建築鉄鋼の設計施工も手掛ける。作刀の技術を引き継ぐ包丁は、フランス、ドイツなど海外の見本市でも好評。職人育成に力を入れる中、2023年秋からトレニアをご利用いただいています。現社長で8代目の吉澤剛さんにお話を伺いました。
ー トレニアは様々な業種でご利用頂いていますが、鍛冶職人のお客様ははじめてです。
江戸時代、ここ弘前には100軒以上の鍛冶屋があったそうです。1960年にも40社の記録が残っています。2024年現在、残っているのはわずか数軒です。衰退産業といってしまえばそれまでかもしれません。ですが、ものづくりに人生を見出してきた職人としての生き方と、現代社会で人を育てて事業を継承していくことの両立は、多くの鍛冶屋に廃業という選択を迫っただけの難しさがあるのだと思います。
ー トレニア導入の背景を教えてください。
トレニアを始める少し前に、1人が休職に入ってしまいました。職人の仕事は、悩んで、気づいての繰り返しです。人間関係や数量のプレッシャーもあります。最終的には自己と向き合って選択していくしかありません。ですが、この仕事に魅力を感じてくれた、二唐刃物を選んでくれた従業員が抱えていた悩みに、気づいてフォローが出来なかったことを申し訳なく感じていました。そういったことが二度とないようにしたいと思いました。
ちょうど海外からの受注が増えているだけでなく、取引先からも増産要請があったタイミングで、製造の負荷が高くなることは明らかでした。何か対策をと考え、顧問の社労士事務所の方に相談したんです。そこで「ストレスチェックではないけれど、合うと思いますよ」とトレニアのことを教えていただいて、「まずは体調の把握ができれば」と始めることにしました。
ー 体調管理のツールとして、お役に立てていますか?
はい。「早めに気づける」という安心感があり、とても助かっています。 定期的なコンディションチェックではアラートが出ることも多いので、私か専務から、早めに声を掛けるようにしています。聞いてみると「ゆうべ飲みすぎちゃって」など心配ないケースが多いのですが、そういったやりとりも、いいコミュニケーションになっています。おかげ様で、トレニアを始めてから離職、休職は出ていません。また、体調以外のデータも非常に参考になります。月1回の報告結果を見ていると、Z世代の職人が前向きに努力している姿や、ベテランの心の広さなどが垣間見えます。トレニアのデータには、人間性、経験、考え方、色々なものが現れると感じています。
ー 導入からじわじわと浸透し、3~4ヶ月過ぎる頃には全体に定着していました。何か働きかけをしてくださったのでしょうか。
とくに何もしていないんです。最初に「必ずやってください」と伝えた後は、あまり強く言わず各自に任せていました。反抗してやらないような人はいないので、焦らずに待っていたら、いつの間にか、みんな入力してくれるようになっていました。最初から積極的だったのはおもに中堅からベテランの人達で、「組織で働くってこういうことなんですね」「意識改革になっています」などいい反応がありました。その後も「クイズおもしろい」「楽しみ」という声は聞こえてきます。普段、社内での話題は技術の話がほとんどなので、新しい気づきがあるのだと思います。帰り際に「あ、トレニア忘れてた!」と始める人もいたりして、それぞれ楽しんでやってくれているようです。
余談ですが、最近、出退勤のアプリを導入したところ、驚くほど押し忘れが多いんです(笑)。トレニアのほうが毎日やってくれているので、みんなの中で優先度が高いのかなと思っています。
ー トレニアのコンテンツで、御社に「合わない」ものはありますか?
すべて大事で合わないものはないと思っています。会社全体の数字を見ると、マナーは少し正答率が低いときがあったり、一方で「小さな失敗をすることの大切さ」「プロには知識や技術だけでなく責任感が必要」などのクイズは正答率も重要度(※クイズの内容をどれくらい重要だと思うか)も高かったりと、「らしさ」に嬉しくなる、誇らしく感じることもあります。いまトレニアをやってもらっているのは、事務と設計がそれぞれ3名、それ以外はみんな、鍛造(熱した鉄を叩いて成形する)や研ぎの職人です。例えば「プレゼン」などの言葉は、一見、職人の仕事と離れているようですが、お客様への見積もり提示もプレゼンだと考えれば、半数の人に該当します。そうやって広い意味で捉えて自分の仕事に当てはめたり、いまは機会がなくても知識として知っておくことで、どのクイズも役に立つと感じています。
毎日トレニアを続けることで、働く上で必要な考え方、態度、マナーなどが自然に身につき、それが定着にもつながると期待しています。職業柄、「毎日コツコツ」というのはみんな慣れていますので、いまの状態を維持し、継続していきたいと考えています。
ー 今後の展望について教えてください。
冒頭に申し上げたように、鍛冶屋という産業は厳しい状況にありますが、先代や先々代が、法人化、鉄構事業の立ち上げ、海外への販路拡大など様々な取り組みをしてきてくれたことで今の弊社があります。
昨年、父から正式に事業を継ぎました。家業を継ぐと決めた10年前は、刃物職人が父と私の2人だけでした。それから20代、30代の職人も増え、この1年は離職休職もないことをありがたく感じています。「定着」は採用や育成のコストにも関わりますし、純粋に、来てくれた人と一緒にやっていきたい思いもあります。そもそも職人は長く続けてはじめてなれるものですから(笑)。
ありがたいことに、世界中に刀鍛冶の技術を受け継ぐ本物の刃物を求めているお客様がいます。一流の職人になりたいと、他県から弘前の弊社に来てくれる職人もいます。
職人としての喜びの瞬間は、あらゆる苦しみを上回る何にも代えがたいものです。ですが、そこに至る道のりは平坦に整備されたものではありません。 親が刀鍛冶なら自分もそれを目指した江戸時代ではありません。その手前で諦める「選択」も自由です。 職人としての生き方と現代的な事業・組織づくりの調和には、労働条件をしっかり整えて、長く働ける職場を作っていくことが不可欠です。 350年前にも、職人としての喜びを仲間と共有していたはずです。鉄と向き合う瞬間はそのときと何も変わっていない一方で、新しい技術や取り組み、革新は続いています。社会が大きく変化している今を機会として、技術的にも組織的にも次の350年につなげるための礎を作っていくのが私の使命です。
― 本日はお忙しいところありがとうございました。